† 瞬いた星の行方 †    



 廬山の大瀑布。

 その前には、たった一人の少女の姿しかない。
 

 産まれてすぐに捨てられていた彼女を、拾って育ててくれた人も、




 日本から老師の弟子として来て以来ずっと一緒だった、これからも一緒にいたかった人も




 いない。










 星が不吉なほどに煌めきながら、瞬き輝いていた夜が過ぎ、





 まるでその不安を煽るかのように、普通ならあり得ない予兆も何もなく起きた皆既日食。



 何が起きているのか、たった一人で廬山に残された春麗には分からない。



春麗「老師、紫龍」




 出来ることは、たった一つだけ。


 ただ、祈ること。

 

 たった、独りで。
 



 2度目の夜明けが彼女に訪れた時には、両の手は握り締め過ぎて完全の血の気を失っていた。

 それでも、組んだ手をほどくことも休むこともなく




 ひたすらに祈り続ける。




 傍に、誰もいない滝の前で。



 髪や顔、服も、瀑布が飛ばす水沫で重く冷たくなっても、彼女は動かなかった。

 一心に、愛する人たちの無事を祈り続けていた。



 疲労は体を蝕み、支えているのは精神だけ。


 
 だから、声をかけられるまで気付かなかった。

 目の前に人がいることに。





 嬢ちゃん。



 と、集中した意識の中に、音が侵入した。
 
 そして、その音は彼女の意識を現実の中へと引き戻した。

 ずっと閉ざしていた目を開けると、自分の前に人がしゃがんで膝に頬杖をついている。

 彼女が膝をついて祈っている場所が崖の一番端なのに、目の前の男は何もない空に当たり前のようにいる。


 そして目は、自分をまっすぐに注いで。

 視線がぶつかると、その目はニヤッと笑い「やっと気づいたか」と。

 自分に向って手が、水に濡れて頬に張り付いた髪を、払う。

 一瞬肌と肌が触れ合う。

 すると、目の前の男は眉をひそめた。


???「もしかして、老師と紫龍が出てってからずっとここにいたんじゃねーだろうな?」

 
 バシッ

 瀑布の音にかき消されないほど、大きな音がした。

 一拍置いて、


???「〜〜〜〜テー!!いきなり何しやがる!!


 怒声が響いた。


???「テメー、渾身の力で人の頬叩きやがって!!何の恨みがある!!
それともこれが、五老峰のあいさつか!

春麗「恨みです!
老師を殺そうとしたことと、紫龍を滝壺に落とした

???「う゛


 即答で痛いところを突かれて、男―デスマスクは喉で呻いた。

 ついでに、彼女は知らないようだが、祈りの煩さに滝壺に落とした前科もある。

 相手が沈黙したの良いことに、勢いづく春麗


春麗「だって、何であなたの夢なんか見ているのか知らないけれど、
どうせ見ちゃったんだったら殴っておいた方が得だもの。前に会った時から、殴ってやりたいって思ってたから」

デスマスク「・・・・・・夢っておい

春麗「あなただったら、八つ当たりしても気が引けないし

デスマスク「ちょっと待て!」

春麗「だって!老師は理由も説明しないでどっかいっちゃう、紫龍は紫龍でいつものごとく私のことなんかより、友達や老師が大事だって!どうして、一つくらい我がまま聞いてくれないのよ〜。せめて、必ず帰ってくるから待ってて欲しいくらい言ってくれてもいいじゃない!!

デスマスク「いや、そう言うことは本人に言えや・・・」 
春麗「言ったわ!でも、
何も言わずに聖衣持って出て行ったのよ!!一世一代の乙女の告白を無視して!どう思う!?」

デスマスク「どうって、・・・紫龍らしいんじゃねえの?義に生きる?」
 

 女のヒステリーは下手なことを言うと、手をつけられないほど荒れるのをデスマスクはよ〜〜く知っていた

 聖闘士がどうして、そんなことを知っているんだと言いたくなるほど。

 いきなりの質問に、引き気味にも無難な回答をする。


春麗「そう!すっごく紫龍らしくって!!帰れないかもしれないから約束をしないっていう優しさよ!!でも、これだけ待ってるって言い続けたんだから、少しくらいそれに対する回答があってもいいじゃない


 デスマスクの胸元をつかんで、ガクガク揺さぶる。


デスマスク「オレに言われても。あ、おい、落ちるから寄せ」


 未だに空中にサイコキネシスで浮いている彼に、詰め寄る春麗。

 崖っぷちで足元は、かなり危ない


春麗「平気よ!夢なら落ちたって怪我しないもの。
Σそうだわ!夢なんだから、紫龍のところに連れて行って!」

デスマスク「いや、あのな」

春麗「それから、老師の所にも!」


 ビシッとデスマスクを指さして、命じる。


デスマスク「・・・一応、そのつもりで来たからいいけど、いい加減夢じゃねーって」

春麗「じゃあ、
今すぐ!!紫龍達が戦っていようが何でもいいわ!行くと言ったら行くの!!


 駄々っ子のように主張する。

 デスマスクの言い分は全く聞いていない


デスマスク「・・・分かった。連れて行ってやるから、身支度しろ」

春麗「支度なんて要らないわ!」

デスマスク「
これ夢じゃねーから!

春麗「人の夢に勝手に登場した割には、随分な態度ですね」

デスマスク「いい加減に、オレの言い分聞けや!!」

春麗「さっさと連れて行ってください!」


 話は平行線

 夢だと思い込んでいる春麗。

 
ヤクザ顔の黄金聖闘士にも一歩も引かない

 ヤクザーもといデスマスクは頭を抱えつつも、ここで手を出したら間違いなく親と恋人の恨みを買う洒落にならん事態だけは認識していた

 そんな、デスマスクの葛藤なぞどこ吹く風。

 服の端を掴んで、引っ張って、「早く、早く!」と急かす。


デスマスク「〜〜〜〜チッ」

 
 手を出さなくても、こんな湿ったと言うか、濡れたに近い服でうろつかせただけでも
W廬山百龍はの可能性大

 ましてや、風邪なんかひかれた日には、殺される


デスマスク「だーーー!うるせー!」

春麗「きゃあ!何するんですか!!」


 怒鳴ると、春麗を小脇に抱えた。


デスマスク「やかましい!テメーをそんな濡れた状態で聖域に連れて行った日にゃオレが殺されるんだよ!」


 そのまま春麗の部屋に突入。
 

春麗「きゃーー!何するんですか!ちょっ、止めてください!あ!そこは!!」

デスマスク「喚くな!テメーがさっさと自分で着替えてりゃオレだってこんなことしねーんだよ!安心しな。テメーみたいな乳くせえ小娘じの下着にゃ興味ねーよ

春麗「ひどい!止めてださいってば!あ〜、それはお気に入りの!!
もう履けない〜〜

デスマスク「ガタガタ言うほどのことかよ。下着はこんなもんでいいな。よし、次服!」


 春麗の悲鳴も、脇腹にポカポカされている報復もなんのその。

 テキパキと素早い手つきで、着替えを次々と寝台に放りだす。
 

デスマスク「これで、着替えられるだろ。おい風呂敷かなんかねーのか?」

春麗「人の部屋漁った人に教えると思いますか!?」

デスマスク「教えねーんなら別にそれでいいぜ。このまんま、持ってくだけだぜ。恥かくのはどっちだ?」

春麗「・・・サイテーですね
。私の夢の癖に、言うことも聞かないで!一番上の引出し!!」


 本当に剥き出しで持っていこうとするのを見て、慌てて答える。


デスマスク「素直じゃん。最初っから、そうんなふうに着替えてりゃ、オレだって漁ったりしなかったぜ。あと、
いい加減現実って認めとけよ。準備完了!んじゃま、約束通り紫龍ところ連れていてやるよ!!」


 春麗が反応するよりも早く、デスマスクはテレポーテーションをした。






デスマスク「よっと。ほら着いたぜ。・・・って、テレポーテーションは初めてか?」


 流石老師の養い子。

 全身を襲った人生真面目に生きていれば絶対に経験しないよ非常識な動きや感覚に悲鳴を上げたりはしなかったが、突然変わった景色に目を瞬かせている。

 五老峰と東京くらいしか行ったことがないのに、随分と凝ったリアルな夢。

 大気が五老峰緑の溢れ水に満ちた大気から、赤茶色の土地に乾いた空気まで見事なほど変わっている。

 少し先の家には、何だか人だかりができている。

 だが、集まっている人々の顔は皆一様に不安な表情だった。

 不吉な想像を掻き立てるほど。


デスマスク「あ〜あ、相変わらずの人垣だぜ。おい!オメーらちょっと通せ」


 小脇に春麗を、反対には風呂敷を持ったまま人の波をかき分ける。

 入口に入る。


デスマスク「よう、ガキども!まだ生きてるか?


 
包帯が痛々しい少年に遠慮なく暴言を吐く。


瞬「デスマスク?」

氷河「何の用だ?」


 春麗の位置からでは中は見えないが、聞き覚えのある声がした。

 確かに、瞬と氷河の声だ。


デスマスク「おう!紫龍の奴に特効薬持ってきてやったんだよ

一輝「どうせ特効薬を持ってくるなら星矢宛てにしろ。まだ、意識も戻っていないんだ」

瞬「紫龍は、それなりに元気だよ。今も奥でお茶入れてるくらい」

デスマスク「あん、あいつも頑丈な奴だな。まあ、
受け取っとけ


 そう言うや、ちょっと自分の影で見えにくくしていた春麗を、入口の斜め前の瞬のベットに放り投げる


春麗「え・・・
きゃあー!

瞬「
ええ!?うわ、ちょっと!!わあぁ!」

氷河「・・・・・・・・・・・・・・・・ああぁ、ナイスキャッチ」


 本日何度目かの悲鳴を上げる春麗。

 傷のため緩慢で、クッションにくらいしかなれなかった瞬

 呑気に斜め前―つまり、入口に一番近い―ベットにいた氷河は綺麗な弧を描いた放物線を眺めていた。


紫龍「何を騒いでいるんだ!星矢がまだ目を覚ましてないんだぞ!・・・って
、春麗!?


 ヤカン片手に飛び出してきた紫龍。

 呆気にとられたように、瞬の上に倒れている良く見知った彼女の名前を呼ぶ。

 うつ伏せに倒れていようが、見間違えるはずがない。


デスマスク「おう!確かに、届もん受け渡したぜ。老師には、オレッPから連れてきたこと伝えとくから。ああ、感謝なんてもんはいいぜ。まあ、以前の詫びってことでとっとけ」


 親指を立てて「グッ」と笑う。


デスマスク「おっと、忘れるところだったぜ。オメーや老師のために滝の前で祈ったりしてたんで服が濡れているから、コレ着替えだ。ま、挨拶がすんだら着替えさせてやんな」


 これはポイッと氷河に投げ渡す。


紫龍「ど、どうして春麗が聖域にいるんだ!?それに、あなたの顔の赤い紅葉!それにさっきの悲鳴!一体春麗に何をした!!ちょっと待て、デスマスク!!」

デスマスク「おっと、嬢ちゃん連れてくるのに結構手間取っちまったから、そろそろ戻らねーとジジイに怒られちまう。それと、
紅葉については聞くな。じゃなー」


 蟹座の黄金聖闘士はそれだけ言うと、あっという間に出て行ってしまった。

 あとには、お互いに状況把握ができていない紫龍達と春麗。

 その他、全く役には立たない小屋の外のギャラリー雑兵’s


春麗「ご、ごめんなさい、瞬さん」

瞬「ううん、大丈夫。それより、春麗さんこそ怪我ない?」

春麗「ええ、大丈夫です。瞬さんが受け止めてくれたし、下はベッドだったから」

紫龍「えっと、何で春麗がここにいるんだ?」


 ともかく状況を把握しようとヤカンを片手に、もう片方でベッドから降りる春麗を支えてやりながら聞く。


氷河「それより、投げられたことを心配するのが先だろう

一輝「オレもそう思うが

紫龍「は?投げられた!?誰に?」

瞬「・・・あ、紫龍もしかして、ボクと春麗さんの声で台所から出てきた?」

紫龍「ああ。デスマスクの声がしたと思ったら、急に悲鳴が聞こえたからな。まだ星矢が目を覚まさないのに、そんなふうに騒いだら傷に響くと思って・・・」

春麗「ご、ごめんなさい。大きな声出したりして」

紫龍「いや、春麗を責めているんじゃないんだ」

春麗「あ、あの、バカなこと聞くようだけれど、これ、現実?」

紫龍「・・・春麗?やっぱりデスマスクに何かされたか?」

春麗「ち、違うの!ちょっと、あの、その、だから、えっと」


 どう見てもこの紫龍は本物だ。

 6年間見てきたあの紫龍だ。

 それに、さっき投げられた時瞬の肩にぶつけた所は痛い

 そこまで認識したら、顔が真っ赤になった。

 すべて夢だと思ったからやらかした一連の行動を思うと、顔から火が出ない方が不思議なくらいだ

 真っ赤になった顔の前で手を振って言い訳しようにも、意味もない言葉しか出てこない。


紫龍「春麗、落ち着いて。・・・随分、手が冷たいけど」


 細くて小さな握った手の冷たさに驚く。


春麗「だ、大丈夫!あの、ちょっと滝の水がかかって。そんな大したことじゃないわ。着替えたらすぐに暖かくなると思うし」

氷河「着替えなら、ここにあるぞ」

春麗「あ。ありがとうござ・・・
きゃー!!

瞬「ちょっ、ちょと氷河!なんで人の着替え出してるのさ!!


 氷河は壁にもたれて、風呂敷の中身を出していた。

 一番上のチャイナ服を広げたせいで、中に包まれていた下着一式が転がり出て

 なけなしのデスマスクの気遣いは、全く無意味にされていた

 
今度は同世代

 ある意味さっきのデスマスクより心象的には恥ずかしい何かがある

 引っ手繰るように一式の服を受け取った―取り返したと言う方が正しい剣幕だったが。


氷河「いや、本当に着替えだけかチェックを。デスマスクなら何かを仕込んでいても驚かないから

瞬「氷河は、もうちょっとデリカシーを持った方がいいよ。いまのままじゃ、
デスマスク以下だよ


 紫龍の鉄拳に脳天を直撃されさすりつつ言いわけを述べた。

 そん様を少し笑ってみていたが、一輝が部屋の奥で騒ぎから離れて星矢に付いていた星華に話しかけていた。

 昨日星矢が戻ってから、ずっと傍らに付いて離れない。

 彼女の顔は、泣いている顔と疲れ果ててもまだ決然と待っている顔しか見ていない。


一輝「星矢の奴は大丈夫か?」

星華「ええ、大丈夫だと思うわ。さっきまでと変わっていないわ気にしないで。帰って来るのを待っていてくれた、お友達なんでしょう」


 一番部屋の奥ではやつれた顔をした星華が、何とか無理やり作った笑顔を浮かべていた。

 星矢はアテナの小宇宙で、やっと命をつないでいる。

 もう少し容体が安定しない限り、外の病院へ連れていることもできない。

 その表情は、春麗とは対照的でその痛ましさが嫌が応もなく強調されて感じられる。


一輝「大丈夫だ、星矢はきっと帰って来る。冥界が、致命的たな打撃を受けているんだ。まして、その最大の原因のこいつを置いておきたいなんて思うものか」


 涙で揺れるのを懸命にこらえて、うなずいた。


紫龍「す、すみません!星矢が大変な時に、あんな・・・騒いだりして・・・」

星華「大丈夫よ。きっと星矢も、自分のことを気にして喜ばない方が嫌だって言うわ」


 痛々しくて、かける言葉がない。


紫龍「す、すみません。・・・・・・春麗、風呂場に案内するから、こっちだ」

春麗「ごめんなさい」

星華「あなたこそ、ずっと一人で今まで待っていたのね」


 星華の春麗に負けず劣らず冷たい手が、春麗の手を弱々しく握った。


春麗「私、何でもお手伝いします!星矢さんには紫龍も私もお世話になったんです!絶対良くなります!

星華「・・・ありがとう。でも、まずは、着替えてらっしゃい」

春麗「あ、はい」


 そっと背中を押され、洗面所に入っていく。


瞬「ごめんなさい」

氷河「すまない」

星華「大丈夫よ。この子は強いんだから、そんなに心配そうな顔をしないで」


 入れ替わりに氷河と瞬も、ベッドから降りて星華の横に立った。

 春麗の突然の出現で、一瞬この小屋の中から取り払われていた重苦しい空気がまた戻ってきた。


星華「早く戻ってきなさい、星矢。でないと、皆がこんなに喜んでいるのに悲しい顔になるわ」


 やっと再会した、英雄と称される弟の頭を優しくなぜる。





春麗と言いつつ、星華も入っていますね。
星矢、早く戻って濃い!
生死の境をさまよっているのがいたんじゃ、中々ギャグにならないよ!!