† 蒼天 †




 天の蒼は夏の色へと移り渡る。



 時の移ろいを示すかのように、留まることなく時が巡る。



 暗き戦禍の色は薄れ、澄み渡る天が広がる。





 女神座したる聖域に。


 一時の安らぎが満ちて。



† † †


貴鬼「ムウ様〜、今日もいい天気ですよ!」
ムウ「はいはい、天気一つでそんないはしゃがなくていいでしょう」
貴鬼「だって、太陽が出てるってだけでうれしくなりません?」

 「みーんなが帰ってきた時を思い出して」と、笑う8歳の弟子に、白羊宮の主は苦笑を浮かべて弟子の頭をなぜる。



 悪夢のような夜から始まったハーデスとの聖戦から、



 もう1月が過ぎた。
 

 怒涛のように過ぎた、聖戦の時が脳裏に閃き過ぎる。

 もう、この地に戻ることなく、未来も最早無いと覚悟を決めて魂をかけた記憶が。

 アテナの深い嘆きと、それすらも超えた聖闘士を愛する思いが。



 そして、今ここにある奇蹟を。







ムウ「そうですね」

 甦った日には、所々の宮は原型はおろか壊れた石材がかろうじて建物があったことを示すだけだった宮も、今やは神話の時代と同じ姿を取り戻している。

 白亜の宮たちが、荘厳なる姿を第一の白羊宮の後に連なっている。

 最も守るべき最後の宮には、等しく神の恩寵を受けたムウの師匠も戻って。
 

ムウ「貴鬼、まだ傷ついた聖衣は沢山あるんですから遊んでいる暇はありませんよ」

貴鬼「はーい!ねえ、オイラも、一つくらい修復できませんか?一番壊れていないのでいいから」

ムウ「貴方にはまだ早いですよ。焦っても、足元をが不安定になるだけです。基礎を学ぶことに集中なさい」

貴鬼「ちぇ〜」

ムウ「返事は?」

貴鬼「・・・むー」

ムウ「もう少し色々と落ち着いたら、私もシオン様から学ばねばならないことがあるのですから、今は基礎を大切になさい」

貴鬼「ムウ様もまだ勉強するの?」

ムウ「まだまだ、しますよ」

貴鬼「ふ〜ん、・・・だったらオイラも頑張らなきゃ!いつかムウ様に追いついて見せますからね!!」

ムウ「そう簡単には追いつかせません」


 軟らかな風が、2つの影を優しくなぜて吹き抜ける。



† † †


 一方、ムウの見上げた教皇の間の執務室入口では、本日の補佐役達が憂鬱な気分で扉を開いていた。

 眼前に広がる光景を見れば、嫌にもなるというものだ。


カノン「
だー!!アイオロス何度同じ間違いをやれば済む!!


 ボカ!



アイオロス「オレだって一生懸命やっとるわー!!」

カノン「ふざけんなよ!一生懸命やってりゃ全て許されるわけじゃねーんだよ!」

アイオロス「か、過程だって大事だぞ!頑張る姿勢は評価されるべきだ!

カノン「計算に過程がいるかー!!中学生の証明問題じゃあるまいし!!

アイオロス「そうは言うが、どっから見ても体育会系のオレにそんな計算書類渡すのが間違ってるんだ!」

カノン「貴様、教皇に選出されたんだろうが!それくらい出来きんでそうやって教皇をやるつもりだった!」

アイオロス「んなもん、教皇に聞けよ!もう無理!
13年死んでたから全部忘れた!!

サガ「う゛。す、すまないアイオロス。私のせいで・・・」

カノン「テメーも、いちいち打撃受けてねーで働け!!」


 怒声と文具が飛び散る横では、また別の攻防が。


シオン「離せー!童虎!!私はもう寝る!」

童虎「何を言うか!まだ昨日までの終わらせるはずの仕事が終わっておらんではないか!キリキリ働かんか

シオン「私はもう1週間ベットで横なっていないんだぞ!日が暮れたころに寝て、日が昇ったら起きる生活をしとる貴様と違ってな!!

童虎「聖闘士は体が資本じゃぞ!早寝早起きくらいは当然じゃ!!」

シオン「それが出来る状態に見えとるのか貴様の目には!!」


 指さした先には、雪崩を起こさないのが不思議なくらいの書類が絶妙の角度を保って幾つもの塔を作っている

 だたっ広い執務室の石造りの床を埋め尽くすほどに。


シオン「聖戦で生じた急務を僅か一月で片付けた私に対する当てつけの様に、後回しにできた問題と通常業務が毎日3つも塔を作るのに追いつけるか!!」

童虎「そうは言うが、皆急ぎの懸案事項が終わるのを待っておったのじゃから仕方なかろう!この山は、良心の表れじゃ!第一、これら全てをこなすのが、教皇であるお主の仕事じゃ」

シオン「そんなもん分かっとるわ!ただ、週に一度くらいベットで寝かせろといっとるんだ!

童虎「
あの山がなくなったら、いくらでも寝るがよい。それまではダメじゃ」

シオン「その前の過労死するわー!!

童虎「体力が唯一の資本のような聖闘士が、過労死なんぞするか!まして黄金聖闘士が」


 寝室へと逃げだそうとする教皇のローブを、黄金聖衣を纏った童虎が抑え込んでいる。


アルデバラン「・・・また、あの4人は徹夜か」

カミュ「そのようだな。老師は、ぐっすりと眠られたようだが

ミロ「カノンの奴幽鬼になってね?」

シャカ「赤く血色がよく見えるが」

アルデバラン「それは、怒鳴ってるからな。目の下は色付けたように黒いぞ」

ミロ「また地獄が始まるのかぁ。・・・・・・・・・逃げたいなぁ」

カミュ「今はお前を探し出して怒る余裕がないから平気だろう」

ミロ「・・・・・・・・・・・じゃあ、後は?」

シャカ「フ、この私が自ら経を読んでやる故成仏したまえ。幸い今の地獄は知り合いもいて、寂しくなかろう?」

カミュ「ふむ、アイアコス辺りなどお前と気が合いそうだな。まあ、会ったらよろしく伝えておいてくれ

ミロ「抹殺決定かよ!?

カミュ「当り前だろう。
いくら実務ができないでお茶酌みと資料を資料室に戻すのだけが仕事であっても、この忙しい時に逃げ出すなど」

ミロ「悪かったな!実益のある仕事できなくて!!

シャカ「そうだとも、カミュ言いすぎだ。ミロはきちんと仕事をしている

ミロ「シャカvv」

シャカ「いくら、雑な動きであの塔を崩しては怒られるだけであっても君と言う捌け口がなくなれば
ガミガミ説教男カノンの矛先がこちらに向くではないかストレス発散口と言う立派な仕事があるのだぞ。頑張りたまえ」

ミロ「
そう言う理由か!!お前が庇ってくれるなんて珍しいと思ったら!!」

カノン「
説教されると分かっているならさっさと仕事を始めろ!!


 とりあえずアイオロスに再計算を強要したカノンは、要領よく、さっさと仕事を始めたアルデバラン以外に早速一発目の鉄拳制裁加えて着席させた。

 なお、シャカが大人しいのは、補佐初日に、現在唯一無事な秘蔵の仏像を質に取られているからである

 他の仏像は、半数はアテナ・エクスクラメーションによって、もう無事だった半分は屁理屈こねるシャカにブチ切れたカノンが破壊した

 あわやと言うところで、最後の一つを死守したシャカ。

 そして、もちろん報復攻撃に出た

 双児宮の天井はサガによって空けられた大穴があったが、その下以外は無事だった双児宮を半壊

 それを見た双子は無言で視線を交わして、「双児宮の再建の経費は、沙羅双樹の物を回すか」「そうですね。沙羅双樹の園は、シャカが自分で直したいでしょうしね」と、
経理書類を握っている特権で再建費用を操作された

 さらに、シオンから「これ以上我がままで暴れるなら、処女宮の再建も自分で全てやれ。その金造り仏像を売り払って、再建費用の足しにしてくれる」と、ダメ押し。

 シオンに没収された仏像は、この書類の塔がなくなったら返してもらえるが、それまでは質としてシオンの手元にあるので言うことを聞くしかない
 

アイオロス「あれ〜、うちの弟は?」

アルデバラン「さあ、オレが下から上がってきた時には獅子宮にはいませんでしたよ。訓練に行っているんじゃないですか」

カミュ「アイオリアも今日は執務入っていたか?ミロがいるのに」


 以前に、ミロとアイオリアが一緒に執務に入って、塔を倒す数は2乗になるは、ドングリの背比べで喧嘩はするだけでいいことが一つもないので、以来一緒に執務をさせなくなったはずなのだが。


シオン「執務ではなく、他の仕事を言いつけてある。いい加減離せ童虎!

童虎「離したら逃亡する気じゃろ!大人しく机に戻るんじゃ!」

アイオロス「何をいいつけたんです?」

シオン「
火事場泥棒蟹の捕獲討伐じゃ。シュラと一緒に捕まえに行っている」

サガ「また、経費の改ざんをして不正いに横領していたから」

カノン「あんな奴に経理を任せたらされるのは目に見えているだろう。任せるな」

サガ「しかし、
アイオロスに任せると意図せず改ざんが起こるから

アイオロス「すいませんねぇ」

シオン「まったくじゃ」

カノン「というか、何だってこんなに経理関係の書類が多いんだ!!ここ数日数字しか見てないぞ!」

サガ「12宮の修復や、現代っ子のアテナから見たら聖域の福利厚生が酷いらしいですからね。その辺の改善でお金がバンバン出て行っのが原因でしょう」

カノン「くそ!オレは文系で数字は嫌いなんだ!サガお前やれ!!数字得意だろう!」

サガ「いくら私が理系でも、この数1人では無理


 今にも切れそうな血管を浮き上がらせて書類に向かうカノンと、冷静にサラサラと処理していくサガ。


ミロ「・・・オレ、てっきりサガが文系でカノンが理系だと思ってた」

カミュ「見た目は、そうだな」

シャカ「そうかね?腹黒いサガの方が計算が得意なのは当然だと思うが。ほれ、あの愚弟では、爪の甘い計画しか立てれまい」

カノン「人のことが言えるか!大体、
『了承』『不可』『再検討』でいいサインを『よきに計らいたまえ』って何だ!?どれか全く分からんではないか!

シャカ「そんなもの、自分で考えるくらい神官であればわかるであろう?
黄金聖闘士である私が判断するより、書類格闘が本職の神官たちの方が正しい判断出来る

カノン「神官どもの能力の低さが問題だからこれだけの書類が一番上にあがって来るんだ!それを、
みもせずに『よきに計らえ』なんて、答えるな!

シャカ「手伝わせといて、その言いぐさは何かね?」

カノン「黄金聖闘士の仕事の中に、教皇補佐および聖域の組織としての運営は含まれとる!それを放棄すると言うことは職務放棄だ!」

シャカ「む!そのような言い方では、
言外に私が悪いように聞こえるではないか

カノン「ストレートに悪いと言っている(怒


 胃と頭を押さえつつ、半分ほど机にうつ伏して答える。

 サガの方が経理の仕事が得意で、シオンは仕事院忙殺されるか逃亡を図ろうとしていて、アイオロスは使えるかと思ったら使い物にならないので残りのメンツの面倒は全てカノンに回ってきている

 時折海界に行くのも手伝って、継続的な仕事をサガに任せた方が効率も良い。

 しかし、最高峰の力を持つ者がちょうど海界の倍いるが、
使える人の数と組織の大きさを思うとむしろ聖域での仕事の方がきついのではないか?と最近悟ってきたカノンだった



† † †


アフロディーテ「ああ、平和だ」


 真後ろの教皇宮からは始終怒声が聞こえるし
12宮より下では時折必殺技による破壊音と悲鳴と言う雑音が聞こえるが、12宮最後の双魚宮は平穏だった。

 本日執務の当たっていないアフロディーテは、優雅にローズティーを飲みながら一時の平和を楽しんでいた。


アフロディーテ「まったく、聖闘士とはこれ程平和であっても問題を起こせるとはねぇ」


 聖域内でも標高の高い位置に位置する双魚宮からは、聖域のほとんどが一望できる。

 生き返ってはじめて自宮に戻った時には、痛ましい戦禍の跡が刻まれていたが、その傷も人の体が時期に回復するのと同じく癒えてきている。

 まるで、13年前の黄金聖闘士全てが揃い、平穏なる時をを享受した奇跡の様な時間を思い出させるような、平穏。

 辛い修行も、面白くない勉強もあったけれど、普通の子供と同じように笑って、怒って、幼くいられた時。



 遠い日の思い出が、脳裏をゆっくりと過ぎていく。

 同じ時として重なることはないけれど、あの奇跡のような時とよく似た、また新しい思い出が増えていくだろう。

 そしてそれは、いつかまた戦場に出る自分を支える力になるだろう。


 静かに風が深紅のバラを天へと巻き上げながら、吹き抜ける。









偽りの物語の始まり、始まり〜。
え、主人公登場の兆しが欠片もいないって?
いいんです、我が家は変わり種の夢小説と言うか、名前変換小説だから冒頭も変わってて(そう言う問題か!

「蒼天」・・・あおぞら