碧海の水面は、光を浴びて白く煌めく。
水面は移ろい動き、一時たりとも同じ姿を留めることなく変わり続ける。
天の蒼と、海の碧が広がる。
海の奏でる音と、空飛ぶ鳥が奏でる音。
世界を優しい音が包む。
† † †
海の上を渡ってきた風が、白い砂を撫ぜて通り過ぎる。
魔鈴「いい風だね」
モーゼス「ああ」
魔鈴「・・・あんたと海にいると、以前のやり合った時のことを思い出すよ」
仮面で顔は見えないが、口調からは笑っていることがわかる。
モーゼス「あ、いや、あの時はすまなかった。まさか教皇様の方が間違っているとは思いもよらなかったな。まして、アテナが日本なんて東の果ての小さな島国にいるとは思わないだろ?」
魔鈴「悪かったね、果ての小さな島国で。そんなんでも、私の母国なんだよ」
アルゴル「一言多かったな、モーゼス」
魔鈴「おや、アルゴル。あっちで泳いでたんじゃないのかい?」
あとからやってきた彼は言葉を示すように、髪からは水が滴っている。
アルゴル「ああ。そうなんだが、そろそろ食事にしようという話になって、呼びに来たんだ。最初に呼びに行ったはずのモーゼスが戻ってこないから」
モーゼス「お、そんなに時間が経っていたか?」
魔鈴「なんだい、あんた私を呼びに来たのに一緒に海を眺めてたのかい?」
モーゼス「つい、眺めていたみたいだな」
広い肩をすくめて、笑う。
アルゴル「ほら、戻るぞ。他の連中が、腹が減ったって喚いている」
モーゼス「すまん、すまん」
魔鈴「別に、待っていなくてもよかったんだけどねぇ」
アルゴル「・・・そう言うな。生き返ってからこっち12宮の復興の陣頭指揮やら、病院・その他施設の増築、聖域下にある村や町への状況説明で、全員が揃って休めるなんてなかったんだ。やっと、揃って休めて、出かけて・・・聖域内の海とは言え出かけてきたんだ。飯くらい一緒に食っても構わないだろ」
魔鈴「星矢たちに感化されたかい?『揃って』なんて」
アルゴル「そうかもな」
振り返って笑う。
モーゼス「でも、いいのか?オレ達だけこんな一斉に休みもらって。黄金聖闘士様たちは、まだまだ、沢山仕事をしているって聞いてるが」
魔鈴「いいんじゃない。新築、増設はともかく、復興原因はほぼ100%黄金聖闘士と星矢たちなんだし。12宮で2回も暴れるからだよ」
アルゴル「そんな、身も蓋もない」
魔鈴「事実だし」
アルゴル「ま、明日からまた色々と雑事には追われるだろうな。今日のはちょっとした息抜きだから」
うーんと伸びをする。
アルゴル「今くらい、仕事のことを忘れてゆっくり休ませてもらおうじゃないか」
モーゼス「それも、そうか」
一見戦禍の傷が癒えたようにも見えるようになってきたが、まだまだやることは残っている。
黄金聖闘士が書類の決済に追われている以上、現場に出て指揮する仕事は白銀聖闘士に回ってくるのだから。
† † †
シャイナ「よし、全員そろったね?」
全員いるかを確認して、籐でできたバスケットを出す。
シャイナ「あたしが作ったんだから、心して食べるように!」
ミスティ「へー、君にも料理が出来るんだね」
ディオ「初めて見るな」
トレミー「意外」
アルゴル「しかも、結構おいしそうにできて」
アステリオン「ちょっと形が崩れているのも手作りって感じだな」
ジャミアン「さしずめ、星矢に渡す前の予行練習ってとこか?」
カペラ「あ、なるほど」
シャイナ「う、うるさいよ!(///赤」
ダンテ「考えてみれば、オレらの母国は料理の国だもんな。できてもおかしくないか」
シャイナ、ダンテはイタリア出身。
口々に感想を言いながら、手を伸ばす。
まず、沈黙が落ちた。
次いで、
ディオ「水くれー!水!!」
アルゲティ「むしろ、いっそ殺せ!」
シリウス「星矢を殺そうとしたことまだ根に持っていたのか!」
カペラ「なんで外はまだ半生で、中だけ炭化!?」
バベル「カッレ〜!!塩分過剰摂取で死ぬぞ!」
ダイダロス「唐辛子を色付けに使うか?」
アルゴル「ジャミアン!お前の兄弟に食わせたいだろ!オレの分やる!!」
ジャミアン「いるか!こんなもん食べたら、オレの兄弟が死ぬ!!」
シャイナ「〜〜〜〜アンタたちそんなことを言っておいてどうなるか分かっているんだろうね。サンダー・クロウ!!」
と、必殺技を食らったものの、文句を言えた連中はまだマシな料理を選んだようだ。
一部は言葉もなく砂浜にうつ伏している。
起きているのは、食べなかった魔鈴と、ユリティースが用意してくれたお弁当を一人突いていたオルフェ。
魔鈴「やっぱり、こうなったか」
オルフェ「魔鈴、知っていたのか?」
モグモグと美味しそうに食べるオルフェ。
当然のように魔鈴は手を差し出して、サンドイッチを一つもらう。
魔鈴「まあね。私らは一緒に女子聖闘士訓練所にいたから」
オルフェ「ふ〜ん、魔鈴も食べたことある?」
魔鈴「あるさ。特に聖衣をもらって一応独立するまではね。みんな一緒に寝泊まりして、食事は当番制だったんだ。当番が作ったものを食べたくなきゃ、絶食するしかないんだから」
オルフェ「あ、そうなんだ。男聖闘士と違って、寮制みたいなんだ」
魔鈴「そうだね。やっぱり、馬鹿な男がいるから実力もないのが一人で暮らすのは危ないし。で、あの時から料理の腕は変わってないからね。女子聖闘士はよっぽど新しい奴じゃなきゃ知ってる有名ことだよ。シャイナの料理は」
オルフェ「た、大変だったね」
きっとその食事は訓練生にとって、壮絶な肉体の修行の後、勝るとも劣らない精神鍛練だっただろう。
ポンポンと、肩を叩いてねぎらうと、仮面で見えないがおそらく遠くを見ているような顔の向きで、ポツリとつぶやいた。
魔鈴「・・・でも、私の当番のときも、結構不評だったんだよね」
オルフェ「え?」
魔鈴「今日は、持ち寄りだっただろ。シャイナがたくさん作るって張り切ってたとはいえ、全員分は無理だろうと思って一応作ってきたんだ」
オルフェ「・・・それで?」
頬に冷たい何かが伝うような、気がしながら先を促す。
無言で、差し出した大ぶりのタッパーの中は、黒、黒、黒。
オルフェ「・・・・・・・・・・イ、イカ墨料理?」
淡い期待を込めて、思い当たるまっとうな黒い食材を口にする。
魔鈴「私はイカ墨マニアじゃないよ。和食の定番で、オニギリ、肉じゃが、焼き魚、目玉焼きとサラダ」
オルフェ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ボクはユリティースが作ってくれたお弁当があるからv」
何をどうやったのか、一緒に生き返って晴れて幸せ新婚状態のユリティースの愛妻弁当を抱え込むように後ずさる。
トレミー「お前一人美味いもん食ってるんじゃねー!」
それを横から、奪い取られる。
ミスティ「まったくだ!あんなものを食べてこの私の美貌が損なわれたらどうするつもりだ!よって、君のお弁当は私がもらっておいてあげよう」
さらに、横取りをされる。
オルフェ「こら!それはユリティースが僕のために、朝早くから起きて用意してくれた、この世にたった一つしかない弁当なんだぞ!返せ!!」
ダンテ「抜け駆けは許さんぞ!」
オルフェとミスティに鋼球付きの鎖がまとわりつく。
アステリオン「ナイスだ、ダンテ!」
アルゴル「これは、ここにいる人数で等分割でいいか?」
用意してあった紙皿に、手際よく取り分ける。
オルフェ「よくない!」
アステリオン「いいじゃん。お前帰ったら、可愛い彼女が待っててまた作ってくれるんだろ!」
カペラ「そうだぞ、オレらには作ってくれる人んていないんだ」
モーゼス「珍しく女性の手作りかと思った、毒物に近い料理と、炭だし!」
ディオ「夢も希望もないんだよ!」
ダンテ「偶にはオレられにも、幸せのお裾分けしろ!」
アルゲティ「そうだ、そうだ!」
トレミー「もともと、持ち寄りなんだからみんなで分けるのが当然!」
ジャミアン「苦労を分かち合ってこそ、仲間だろ!」
シリウス「お前も食べろ!」
と、滅茶苦茶な論理を数で押し切り、オルフェにもシャイナの料理を食べさせる。
喉をかきむしるようにしばらく呻いていたが、やがて静かになる。
どうやら、はずれの中のはずれを引いて気絶したらしい。
ジャミアン「うまいな」
ミスティ「まあ、及第点だね」
カペラ「まっとうな味がする(涙」
モーゼス「料理ってこういうもんだよな!」
アルゲティ「あ〜、うまい!」
口々に褒めながら・・・一部は褒め言葉なのか分からないものの、実に美味しそうに頬張る。
シャイナ「おかしいね。アタシのだってよく似た外見しているのに」
アルゴル「いや、見かけの問題じゃないから」
シリウス「この場合見かけより、味を気にするべきだろう」
シャイナ「うるさいね!今日はまだうまくできたってのに!」
男性聖闘士『え゛?』
その味はたった今、身をもってい知っている。
背筋に冷たいものを走らせながら、きっと近い将来御馳走されるであろう星矢の不幸に思いをはせた。
きっと、張り切って山のように作った料理を食べさされるのだろう。
カペラ「可哀そうに」
ディオ「ああ、可哀そうだな」
過去の恨みとかいろいろ置いておいて、同情していた。
ちなみに魔鈴この騒ぎの間、シャイナのサンダー・クロウに直撃されて気絶していたダイダロスの口に、自分の作った料理を突っ込んで食べさせていた。
吐き出さないように、きっちり口を押さえて。
魔鈴「残すなんて、もったいないからね」
日本人特有の「もったいない精神」発揮。
他の連中が、ユリティースの弁当を食べ終えて落ち着いた時には、魔鈴のタッパーの中身はなく、グッタリとしたダイダロスがいた。
トレミー「あれ、2人分残ってるけど・・・・・狽ャゃー!ダイダロスしっかりしろ!なんだって、泡吹いてるんだ!?」
アルゴル「脈、脈あるか!?」
アルゲティ「心臓は何とか動いてる!」
カペラ「しっかりしろー!!」
ダンテ「せっかく生き返ったばかりなのに、また冥府に戻る気か!?」
ガクガクとダイダロスを揺さぶるが意識が戻る兆候はない。
魔鈴の手の中のタッパーが空なのを目ざとく見つけた、トレミーが食ってかかる。
トレミー「何食わせたー!?魔鈴!」
魔鈴「え、私の作った料理。いや、折角作ったし。もったいないから。元は毒じゃないんだし」
特に悪びれもせずに、堂々と言ってのける。
モーゼス「毒じゃないなら、何だってダイダロスは泡吹いているんだ!」
魔鈴「・・・ダイダロスの胃が虚弱だから?」
トレミー「んな訳あるかー!!」
魔鈴「だって、星矢は私の料理食ってもピンピンしてたよ」
トレミー「美味しそうに食べてたか?」
魔鈴「・・・泣きながら食べた」
モーゼス「・・・哀れな」
アリアリと思い浮かぶ風景に、その場にいた男は全員星矢に同情をした。
ミスティ「あれは確信犯だね」
ジャミアン「女聖闘士が手を加えた時点で、食べ物は毒物に変わるのか」
ディオ「本当に夢も希望もないな」
ミスティ「どうしたんだ、アステリオン?夢も希望もないって言葉に、笑って。気持ち悪いぞ」
アステリオン「え?ああ、笑う理由が違う」
ミスティ「理由?」
アステリオン「あのまま死んでいたらこういうことはなかったんだなぁと思って」
ミスティ「・・・・・・・・」
アステリオン「全員がこんな風にそろうなんて今までなかっただろ。白銀聖闘士になって結構経つけど、お互いについてほとんど知らないなと思って」
ミスティ「ま、接触がなかったからね」
ジャミアン「黄金聖闘士ほどじゃないが、オレらも色んなところに飛んでいたしな」
アステリオン「それもあるな」
ミスティ「・・・これからは、もっと知っていけるさ」
アステリオン「だといいな」
ディオ「さっそく一つ知ったしな」
しっかり残ったシャイナの弁当と、無理やり消えた魔鈴の弁当を指さして笑う。
アステリオン「そうだな。今日は知らなくても、明日また知るかもしれないしな」
明日があると確信した希望に満ちた声が、海の上へ風が流れていく。
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