"異常"は奥深く沈めていた意識に、まるで波紋一つ浮かんでいない感覚の上でシャボン玉が割れるような、感触で到達した。
本能が"異常"と認識する、日常とは違う゛何か゛が、腹と右腕に右肩の焼けるような痛みを伴って降ってきた。
痛みを堪えながら開いたまだぼやけた視界には、影が写り込む。
???「気がついた!!あの大丈夫ですか?」
(・・・)
酷い耳鳴りの中、何か声をかけられたと理解するが言葉としては判別か付かない。
(・・・Τι?) 『何故?』
???「意識が戻ったようだね」
判別できない音を聞きながら、覚醒した意識の中をまるでビデオの何倍速もの早送りを見るように、気を失うまでの記憶が脳内に映し出される。
海賊、子供、銃、炎上する船、迫る海面
脳裏を巡る映像と、影の片方が自分に向かって手を伸ばしている映像。
記憶と現実。
瞬間、体と意識が繋がる。
命令を出された両足と、左腕は即座に思い通りの速さで反応したが、右肩から先はまるで力が入らず、腹部の酷い痛みで立ち上がりかけた膝が崩れる。
それでも、何とか動く左手でのばされた手を払いのけた。
???「・・・・・・何するんだい!?」
???「ちょっ!!ダメです動いちゃ!!」
壁にもたれかけながら―自分の荒い呼吸がうるさいが―耳が正常になったらしく、今度はきちんと音で聞こえる。
「・・・Japanese?」
かすれた声が出た。
とっさに母国語のギリシア語でなく、使い慣れた英語が出せるあたりまだ余裕があるかと笑ったが、それも目の前にいる人影をきちんと見るまでのこと。
顔をあげて見えたのは、目の前に大柄な少年と仮面をつけた女性。
入口から飛び込んで来ているのや、覗き込んでいる同年代かまだ少し下の十代半ばほどの少年達。
それも、鎧をまとった姿のが数名いる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
† † †
トレミー「ど、どしたんだ?」
シャイナを押しのけて入ってみたら、何かメッチャ警戒していますという構図。
左手で右肩を抑え、傷ついた体を壁に預けて触られないよう遠ざけている。
モーゼス「いや、何もしてはいないんだが」
魔鈴「まあ、何もしていなくても警戒するのは分かるけどね」
トレミー「どうして!!??」
魔鈴「アンタらが彼女拾ってきたのは何で?」
トレミー「え?何でって、海賊に襲われたらしくって怪我して、治療が遅かったら生死にかかわるかもしれないから、聖域に連れてきたんじゃん!!って、Σあ!!!」
魔鈴「海賊に襲われただけでも十分だけど、怪我してこんな見知らぬ場所の怪しい集団に囲まれてりゃね」
トレミー「じゃあ、説明しなきゃ!!」
モーゼス「・・・・・・それが」
魔鈴「Japaneseっていったら英語だよね?アンタ英語できるの?」
トレミー「英語ー!?できるわけないじゃん!!だってオレ、エジプト出身だぜ!!」
魔鈴「この中で英語圏出身って言うと、・・・ん?モーゼス、ニュージーランドって英語圏じゃなかったっけ?」
モーゼス「・・・か、買い物ができるくらいだ」
トレミー「なんで!?お前修行地もニュージーランドだろ!!」
モーゼス「師匠その他すべて聖域からの派遣だぞ!!町に買い出し行く時しか英語なんて使わなかったんだよ!!全部ギリシア語で済むんだよ!!英語なんて、How much?とToo expensive! しか知らん!!」
トレミー「ダメじゃん!!」
魔鈴「他は?」
バベル「オレ、イラク」
アルゴル「私はサウジアラビア」
アルゲティ「アフリカのウガンダ。公用語に英語はあったがオレの住んでいたところはスワヒリ語」
ダンテ「うわっ!使えん奴。ちなみにオレは、イタリア出身のイタリア修行地」
ミスティ「私は花の都パリのあるフランス。確か今教皇の間に行っているジャミアンが、イギリス出身のスコットランド修行地だったはずだね」
シャイナ「たった一人いない奴だけ!?」
オルフェ「役に立つ時にない、それ白銀聖闘士だよ〜。あ、私は聖域育ちだからね」
シャイナ「自分で役立たず宣言するんじゃないよ!!他には!?」
ディオ「メキシコ」
カペラ「聖域」
シリウス「ドイツと聖域」
魔鈴「全滅・・・て、さっきから口つぐんでるけど、アステリオン、アンタ修行地がオーストラリアじゃなかった?」
アステリオン「(買Mク!!)そ、そうです」
シャイナ「じゃあ、そのサトリの法と併用して通訳やんな!!」
アステリオン「で、でも、オレもモーゼスと一緒で英語は殆ど・・・」
魔鈴「だったらサトリの法で何思ってるか読み取るくらいはできるだろ」
アステリオン「は、はい」
皆の期待―一番理由は魔鈴の期待だが―に押されて、ベッドの前に押し出される。
アステリオン「えーあー、Hellow?」
左手で右肩を押さえたまま座り込んでいる相手に、恐る恐る声をかけてみる。
屈強な少年が、怪我をした美女に腰が引けた状態で話しかけるのははた目から見たら滑稽だが、それに気づく余裕もないアステリオン。
「Hellow」
アステリオン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
早くも、語彙が尽きた。
何を言っていいのか全く分からないまま、真っ直ぐ自分を見てくる薄い青い目を見つめた状態で凍る。
「 ・・・あの」
アステリオン「はいぃ!?」
相手が沈黙を破ったのに、もうどうしようもないほどパニックになる。
頭の中読めば相手が何を言いたいかくらいのニュアンスが分かるなんてもう覚えちゃいない。
何を英語で言われるかに怯えているだけ。
「話し合ってくれた後で、しかも何と言おうかすごく考えてくれている所申し訳ありませんが、オレ日本語できますので」
アステリオン「へ!?」
気まずそうな顔をしての驚愕の自己申告。
しかも、まだ続く。
「それにギリシア人ですので、母国語はギリシア語」
アステリオン「Σえー!!?そ、そ、そ、そうすると、もしかして今のやり取り全部筒抜け?」
「殆ど筒抜けです」
ガックリ床に手を付いて落ち込むアステリオン。
ないボキャブラリーで何と言えば通じるか必死で考えたのに!
対照的に、おバカなことをやっている白銀聖闘士を見て安心したのか、相手は態度を軟化させた。
「すみません、あまりの勢いに口をはさめず」
モーゼス「いえ、日本語でいいならそれでいいんです(涙」
「・・・あの、それで、ここはどこなんです?船を襲った海賊のアジト、という訳ではなさそうですが」
意識が戻ったせいか、最初よりは少し血色がよくなったものの青白い顔で室内を見回す。
魔鈴「ちょっと詳しいことは言えない場所なんだけど、海賊とは無関係だっていうのは確かだよ。安心しな」
シャイナ「そうそう、海の中で怪我して気を失っていたアンタを、そこにいるモーゼスと、こっちのトレミーとが連れてきたんだ。まあ、詳しいことはその怪我の手当ての後で話してあげるよ。ほら!今度こそサッサッと出て行きな!!」
白銀聖闘士『はーい』
「・・・・えーっと」
魔鈴「ん?覗かせたりはしないよ」
「いえ、覗かれるのはよくないような、いいような」
シャイナ「不用意なこと言うと、覗くバカがいるから言うもんじゃないよ。ディオ!!さっさと出てお行き!!ああいう輩がいるんだからね」
「自分と同じ体見ても面白くないと思いますが」
シャイナ「は?」
「男が男の体見ても面白くないでしょう?」
軽く小首をかしげて、口元に笑みを乗せる。
魔鈴「・・・まさか?」
「初見で性別を間違えられなかったことがないのですが、男です。名前、。・です」
白銀聖闘士『嘘だー!!』
今度は男性陣全員唱和の魂からの絶叫。
「よく言われます」
対照的に落ちつい払った声。
シャイナ「ほ、本当に?」
「予想を裏切って申し訳ありませんが」
魔鈴「・・・確かに女にしては平たい胸だとは思ったけど」
しげしげと眺めてみても、濡れて肌に張り付いた服は、確かに平。
言われてみれば、スレンダーでも、幼児体型でももう少し膨らみがあるだろう、というくらいペンタンこ。
うっっっすい胸板。
カペラ「・・・・・・モーゼス!お前抱き抱えてたんだから気付かなかったのかよ!!」
モーゼス「無茶言うな!!!そんなことまで気づける余裕なんかなかっただろ!!」
オルフェ「でも、男女だと抱き心地って結構違うよね。君たちとユリティースの抱き心地と違いと言ったら、全然違うよ。あの柔らかさ。ああ、昨日は帰ってあげられなくてごめんよ。任務あ終わって帰ろうとした僕を拉致したバベルとアルゲティが悪いんだよ。一人で寂しかっただろうに」
モーゼス「批判・当てつけ・ノロケをごちゃまぜにするなー!!大体、聖域ではお前みたいに日常的に女性が側におらんのが普通だ!!」
オルフェ「まあ、そうだけど、ちょっと今後困るんじゃない。あ、後で魔鈴かシャイナにちょっと抱き心地の確認させてもらいなよ。女子聖闘士で、ユリティースほどの素晴らしさはなくても、少しは分かると思うよ」
モーゼス「殺されるのが先だ!!」
シャイナ「当り前だろ!!そんな訳の分かんない理由で抱きつかせられるもんか!!星矢ならいいけどさ」
オルフェ「本音が出たね。う〜ん、じゃあ、ちょっと階級下げて、カメレオン座のジュネとかは?」
ダイダロス「それをやったら私がお前たちを殺すぞ!!愛弟子をセクハラ対象にさせられるか!!」
ダンテ「瞬の怒りも買いそうだな〜」
トレミー「で、でも、でも、だって!どっから見ても女性に見えたんだよ。全然男らしくないし!!」
シリウス「確かにだれ一人として、女性だとは疑わなかったな」
アルゴル「むしろ男と言われてもそっちを疑う」
トレミー「だよなぁ!!オレ達だけじゃないよな!!」
本人前に、失言連発。
魔鈴「・・・気はいい奴らんだけど、バカで申し訳ないね。あ、私は魔鈴て言うんだ」
「いえ、大概こういう反応ですから、お気になさらず。マリンさん?」
魔鈴「そ、よろしく。で、男ならコイツらが見ていても問題ないないんだよね。叩き出さなくてもいいなら、手当てする?」
「ありがとうございます。あの・・・よろしければ、先にシャワーお借りできません?」
魔鈴「シャワー?その傷で湯になんか使ったら熱でるよ」
「大丈夫ですよ。シャワー浴びようが、浴びまいがこの傷では熱は出ます。それに、海に落ちたので全身海水まみれですから、手当の前に洗わないと」
魔鈴「あんまりお勧めはできないけど、全身濡らしているのが全部海水ならお湯浴びた方が早いのは確かか。自分でできるなら、その方がいいかね。じゃあ、ついといで。一人で立てるかい?ああ、あの言い争っているのは放っておいて大丈夫」
「海水でベッドが濡れてしまって」
魔鈴「そんなことなら気にしなくていいよ。シーツ換えて、ダメなら外に乾しとくさ。幸いベッドはもう一つあるんだ。ほら、こっち」
小さなシャワールームに案内する。
とは言っても奥まった所にカーテンが吊るされて、その奥にシャワーとシャワーパンが設置されていて水漏れ防止にもう一枚カーテンが付いているだけの簡素なもの。
小さな棚にバスタオルが、いくつかは落ちたりして無理やり詰め込んである。
魔鈴「タオルはそこの棚置いてある奴使いな。着てるのはあの籠の中に。着替えは、出てくる前にアイツらから調達して置いとくよ」
「ありがとうございます」
魔鈴「ダメそうなら、即時言うんだよ。中で倒れられられても困るんだ。何なら、誰か一人付けるかい?」
「お気遣いだけ頂きます。ダメそうならお呼びする方で。カーテンだけですので、何かあっても音が聞こえるかと」
魔鈴「遠慮なら要らないよ」
「いえ、過去に一緒に入ってトチ狂ったバカな同性がいましたので・・・」
魔鈴「ああ。オーケー、必要なら呼びな」
「ありがとうございます、マリンさん」
カーテンを引いて出て行く。
魔鈴「モーゼス達が急いで連れてきた割に元気だね。傷口まだ開いていさそうで、顔色悪かったけど」
意外と受け答えもしっかりとしていたし、呼吸も落ち着いていた。
魔鈴「モーゼス達、早とちりしたかな?」
首を傾げて戻ってきた。
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